母の相続
こういう仕事をしていますと、相続がらみの問題にはよく出くわします。
ちょっと複雑だったのはふみ子さん(仮名)の場合
彼女はその時82才。お年よりはずっと若く見える小柄な綺麗なおばあちゃまでした。
結婚して51年の夫を亡くして今は田舎の大きな古い屋敷に住んでいます。
ふみ子さんは夫の後妻で、嫁いだ時、夫には前妻との間の子が二人おりました。
田舎の旧家でしきたりと付き合いで人生が終わってしまうような処です。
旧家に嫁いだ、後添いとはいえ若くもない都会帰りの女は、舅や姑。小姑に小作と
大人数のなかでもまれにもまれ疲弊していきました。
周りの大人たちに吹き込まれてか、子供たちもふみ子さんには反抗的で、打ち解けることは
ありませんでした。
そんな環境の下で、二度の妊娠と流産を繰り返し、ふみ子さんは子供のできないからだになりました。
年月は流れて、子供たちは成人し、それぞれ結婚して家を出ていき、舅も姑も亡くなりました。
小作を使うほどの田んぼを整理し、農地を宅地に変えアパート経営をしたらどうだという長男の意見を
取り入れて亡夫が建てたアパートは三棟あります。
その他も、貸地が何か所かあり、今は悠々自適と言われる暮らしぶりです。
そのふみ子さんのもとに一通の手紙が届きました。
ふみ子さんには誰にも言っていない秘密があります。
今からおもえば、その手紙は、秘密の蓋を開ける鍵でした。
それは、昔誰にも言えずに密かに産んだ子供からのものでした。
その時の相手は、当時のやくざまがいの男で、ふみ子さんの両親はもちろん反対し、
妊娠したときも、連れ戻しにきたほどでした。
それでも出産したのですが、そのころから男の暴力がひどくなり、我慢の限界を越えた
ふみ子さんは産まれたばかりの子を置いて、その男のもとを逃げ出してしまいました。
そんな状況下ですから、男との婚姻届けは出していませんし、子供の出生届けもだしていません。
もちろん亡夫にも、その親戚筋にも誰にも話したことのないことです。
唯一、知っていた自分の両親も口を閉ざしたまま亡くなっています。
そのふみ子さんのもとにきた一通の手紙は、その時の息子からのものでした。
書き綴られた事実には覚えがあります。
同封された写真には自分とその子が映っており、もう一枚、写真で見る息子の現在の顔は、忘れもしない
あの男に生き写しです。
そんなときに、長男から父親が亡くなったので、遺産の整理をしょうという話がでました。
自分が跡取りと決めて、大きな顔で指図する長男は、あの舅そっくりです。
「もう義母さんのも一緒にしとこうや。二回も相続税払うことないやろ。」と話す長男の顔を見ていると
急にムラムラと腹立たしくなってきました。
子供の頃は私に反抗し続け、大人になってからは馬鹿にしつづけたこの長男と長女に、夫の財産ならまだしも
私の分までは絶対にやりたくないと思いました。
何が二回分や・・もう私が死ぬときめくさって・・
ふみ子さんの中残してきたわが子が強烈に存在を増しました。
自分のものはなんとかこの子に残したい。
そう思ったふみ子さんは手紙を頼りに、この子のことを調べてほしいと相談に
来ました。
この子が、あの男とおんなじような暮らし方してるなら、諦める。
でもまっとうに暮らしているなら、私の分はこの子に残してやりたい。
私のこと、母親どころか女中か虫みたいにしか思っていない、長男や長女には絶対渡したくないと
涙ながらに訴えます。
もちろん調査はしますが、ふみ子さんはなんと不幸な人生でしょう。
お金はあっても、耐えに耐え抜いた50年。
その先も、このままでは長男の思うがままです。お気持ちはよく判ります。
でも、このタイミングで、我が子からの手紙がなければ、ふみ子さんはこんなこと
考えていたでしょうか。
いままでのようにじっと耐えていたのでしょうね。
これがふみ子さんにとって幸せかどうかは判りません。
でも、知りたいということを、ひとつづつ明らかにしていくのが私たちの仕事です。
個々の事情は、複雑です。。。