あなたの傍の不思議な話
春のような陽気が続いています。風は冷たかったりもするのですが
陽だまりはぽかぽかと暖かく、冬はもうすぐ終わるかななんて錯覚を起こしそうです。
北の方では例年にない大雪で、亡くなられたり大変な思いをされているのに、不謹慎な
ことだと自戒しなければ・・と思っております。
そんな私のある日。
根元の白いのが目立ち始めたので、美容院に行きました。
従妹夫婦が営む美容院ですから居心地は満点です。何しろ言いたい放題
話したい放題です。←どっちも一緒じゃん。
そこでのお話・・・
従妹の夫は多趣味多芸で、絵を描かかせればちよっとした模写はできる。
皮革品の小物は作る。ギターは弾く。花は育てるという風ですから
店内のインテリアは全部彼が作りあしらいます。
なんだかインドアばりばりという風情ですが、その彼の一番の趣味が
登山なのです。
仕事柄長い登山にはいかないのですが、一泊程度なら店が終わって、延々と
車を走らせて穂高じゃ中央アルプスじゃと行っています。
私の息子も学生時代はよく山に行っていましたが、サラリーマンになってからは
とんとご無沙汰のようで、彼のことを羨ましく思っているようです。
ただ従妹曰く、彼は山からよく憑き物を一緒に連れ帰るのだそうです。
誰もいない階段を上がる音がしたり、店が終わって二階の居住スペースに
家族がいるのに、一階で人の気配がしたり、見に行くと何枚もある鏡に(
そりゃあ美容院ですから大きな鏡が何枚も貼られています。)確かに誰かが
映りこんでいたりすることがある日は、必ず彼が山から帰った日なのだそうです。
そんな話をしていたのでつい私も・・
あれは何年か前の仕事帰りのとき。県境を跨いでの仕事が終わり帰り道に
よく行く温泉郷があります。
我が家からも案外近く、泉質もいいので昔から家族でよく訪れたものでした。
仕事の疲れもあり、帰り道でもあるので家人と二人、どちらからともなく
寄って帰ろうという話になり立ち寄りました。
それまで何度も来てはいますが、夜のこんな時間は初めてです。
男女に別れて。もちろん私は女湯ですよ。
先におばあちゃんが二人。洗い場椅子に座って体を洗っていたのか
髪を洗っていたのか・・・
私はその後ろを通ってまずはいつものように外の露天風呂を楽しみます。
温泉の醍醐味は何といっても露天に尽きますよねぇ。
肌寒い晩秋の頃ですからしっかり温まって、中に入って髪や体を
洗って、もう一度内湯に入って、おばあちゃんの後ろを通って出ました。
脱衣所で自分の衣服を近づけ、体をふいて何気に脱衣の箱を見ると、もう最後なので
どの扉も全開で中は空っぽです。どの箱も空っぽ。
数個ある脱衣籠も使われているのは私のものだけ・・・
え?・・・なんで・・なんで????
もう一度脱衣箱を見ます。どれも空っぽ。脱衣籠は私の分だけ・・・
ということは、中の二人のおばあちゃんの服はどこにあるの?
あのおばあちゃんはどこから来たの・・・そう思った時に気付きました。
あのおばあちゃん達・・私が入る時から出るまでずっと洗い場にいた。
そんなことがあるだろうか。
露天に長い間浸かって、髪や体や顔も洗って、内湯にも入ってその間ずっと
洗い場であの二人、何してたん??
そう思い至った時、急に温まった体から温度が抜けていくような気がしました。
一瞬で体温が下がるようなうすら寒さが私の体を縦に突き抜けていきます。
もう一度確かめてこようか・・・という気持ちが萎える心に負けました。
どうしても、もう一度その風呂場の入り口の戸を開けることができません。
誰もいなかったら・・そう思うだけで足が動かないのです。
急いで着替えて外に出ると、番台にいた女性が周りを掃除していました。
聞こうか聞くまいかと迷いに迷い、それでも決心して
「あのう、ここって他からのは入り口あるんですか。」
するとその女性は、なんやら納得気にうなづいて「いいえ。ありませんよ。
でも、たまーにそう聞かれることはありますね。」
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私はそれ以降ここの温泉に夜は行かないことにしています。
昼間の、それも娘とかが一緒の時だけにしています。
もう一度あのおばあちゃん達にすれ違ったら、私、
平静でいられる自信がないです。
その話をし終えると、従妹がしみじみ
「そうなんよねぇ。ほんとにフツーに見えるんよねぇ。」と言うのです。
そしてこんな会話を彼女の夫と家人は不思議そうに聞いているのです。
見える人には見えるし、見えない人には見えない世界があるということです。
見えることが幸せか、見えないことが幸せかは判りませんが、見えたことを
見えなかったことにはできませんので、時々はこうしてお披露目することに
なるかもしれません。。。おしまい