春爛漫
紫雲出山をご存じですか。
ここ数年、海外にも発信せられております父母が浜のすぐ近くにあります。
標高はそう高くはないのですが、この季節には山一面が桜色に染まるほどの桜の名所です。
もとは遺跡なので、地元の小学生は一度はここに学習にくるそうですが、ここ三年ほどは
桜の時期は入山規制が厳しく、車では入れませんでした。
それが今年になってやっと解除になったものですから、それではと娘やその子たちも
誘って行って参りました。
私はもちろん行ったことはあります。
その時に酷い目にあったので、それ以来鬼門でしたが、とうとうその禁を破る日がやって
きました。
まずその惨事からお話しますと、桜の季節も終わった十数年前、まだ若かりし私が(いつも申しますが
江戸時代ではありませんよ。近代のことです)ここを訪れた時はもう葉桜も終わり、その枯れた枝ぶりが
なにやら深い意味があるようで、そぞろ歩いていた私が、ふと枝をみるとなにやもこもこと・・
思わず凝視して、心の奥からこみ上げてくる悲鳴を呑み込むには、多大の勇気と体力を要しました。
恐怖で視線が外せないというのは、映画のシーンでもよくありますが、あれは誇張でもなく
ほんとのことだと知ったのはまさにこの日この時でした。
もこもこと言えば、なにやら可愛らしいイメージが先行しますが・・茶色とグレーの斑に全身防備の
如くけば立てた体。親指ほどから小指までの太さと長さがうにうに。ごにょごにょ
そうです。あの見るもおぞましい姿・・け、毛虫の列があの木にも、この木にも・・
見上げても目線の先にも、足元にも、ゴニョゴニョ・・
あの世に「毛虫」呼ばれ、嫌われ者の代名詞の彼らが、見回せばどの桜木にもべったり。
時にはぐいーんと体を曲げて私に歯向かってこようとしているのさえいます。
全身の毛が逆立ち(私のですよ)。血流が止まった気がしました。
頭の中が真っ白・・ただこみ上げてくる悲鳴は必死で押しとどめる勇気だけはかろうじて
残っていたようです。
ヒチコックの鳥もよもやと思わせるこの恐怖。そこから下山するまでの記憶がありません。
そんな思いをしたものですから、それ以降、行く気にならないのは当然として、その名前すら
シャッタアウトしておりました。
しかし昨今の、父母が浜ブームで掘り起こされた名所に毒された家人は、お花見にここに行こうと
主張するのです。
ここで毛虫の話を持ち出すのは逆効果。家人はそれを武器に日ごろの鬱積を晴らそうとするでしょうから、
行かないという選択はないのです。
行きました。あらかじめネット予約で車の台数を申請して、入山料を支払って、あとで話を聞いた息子は
この入山料に喰いついてきました。
なぜ必要なのかと。・・見るところ地元の老人会や婦人会の手慰み・・みたいなもんでしょうか。
でも、確かにそれは美しかったです。見下ろす多島美は絵にかいたような稜線。
山の緑と海の青。そして波の白。
これらが目の前の絵画のように迫ってきます。切り取った構図に収まる桜と海と島は我ながら惚れ惚れ・・
もちろん毛虫の姿をみることもなく、とてもたのしい一日でした。
コロナがあったとしても、日本の国の中で桜は別格です。
誰にも愛され、慕われ、敬われすることさえある桜。
この花を誰が否定できましょうや。
みんながこの花の開花を待ちわび、ときに狂騒的ですらある「桜の開花宣言」
まずこのあたりからやめませんか。
もう少し、静かに諦念として桜を見る時と場所があってもいいかなと思うような年頃に
なってきたようです。
花は花の一生を終えるのです。ヒトの称賛やましてやお酒の洗礼など、必要とはしていない
でしょう。
これ、あ・な・た・に言ってます。心に響きましたかっ???