春の回想

2025年03月09日

急に春らしくなって、気が付けば卒業式も次々と終わり、街に袴姿の女性がちらほら

見える時期になっています。

突然、雪が降ったりもあるようですが、季節は間違いなく春に踏み込んでいます。

河津桜が例年より遅いとはいえ、近くの河原で満開です。

子供が小さい頃は散歩コースだったり、もう少し先では蛍狩りによく通った道です。

当時はまだ南に下がった小さな支流の川で、日が落ちるとくねった細い川の流れの両岸から

夏草が垂れ落ちて、その隙間を仄かな黄色の小さな光の玉がふわふわと漂うのです。

子供たちは夢中で網を振り回しては光を追いかけて、虫かごにそれを集めておりました。

 

虫嫌いの私は、草藪には蛇が住み着いていて、その目が光って蛍と間違えることがあると

いう話を本で読んでいたので、草むらに手を入れてその光の玉を捕らえる勇気はありませんでした。

しかし翌日、子供らが保育園に行っている間に、虫かごを抱えて、その川に捕らえられた蛍を放つのは

私のその頃の大事なミッションでした。

昼間見ると、黒い体で固そうな四肢を不器用に動かしているそこいらの虫たちとちっとも変わりません。

夜の美しさは、梅雨のはじめの自然の妖かしなのかと思えるほどの変身です。

 

ある夜、私の友人家族が「蛍を見たい」と我が家にやってきました。

男の子二人ですが、二人とも大人しく聞き分けの良い、自然児のわが子たちとは大違い。

私ですら、ここにきて初めて蛍を見たのです。彼らが見るのはもちろん初めて。

しかし、何より張り切ったのは子らのお父さん。

彼も街中育ちで、この年で初めて蛍を見たと興奮気味でした。その気持ちは判ります。私も

そうでした。

そして、われを忘れ小さな川に入り込んで、網を振るい捕りまくりました。

「いやいや、もういいでしょ。」とさすがに制して、自宅に帰って数えると20匹以上はいた気がします。

そしてそれを持ち帰ると言うのです。

「うちは明日、私があの川に放つのよ。」とやんわり言っても

「いやいや、折角だから部屋を暗くして放ってみたい。少し幼稚園にも持って行きたい。」と譲りません。

 

部屋に放ってそれからどうするのよ。

幼稚園にって・・それで生きられるのと問い返したのをぐっと堪える配慮をその頃の私はまだ持っていました。

でも今から考えると、そんなものはいらなかったのです。

場を読めない女と言われても、なんなら友人との友情を捨てても(現に今は捨ててます・・(笑))

そう問い詰めるべきだったのです。

自分が日々していることが正しいと思っている訳ではありません。

たとえ一夜でも、蛍にはストレスで、蛍から見れば私もその友人夫も変わらない程度なのかもしれません。

でも、それでもあの時、止めなかったことをこうして時々思い出しては後悔しています。

 

後日その蛍たちのはかない命を知った時には持ち帰りを止めなかったことの罪悪感が残りました。

以降、私は蛍狩りの楽しみをこうして文章にすることは時々ありますが、誰もお誘いはしません。

もっとも、今は友人たちも同じように川の中を走りまわる元気も体力もないでしょうから、

心配はないでしょうが、それでもお誘いはしません。

・・あの時、いままでの友情なんてつまらないものを気遣って黙っていても、今は結局その

友情は壊れています。

はい・・たぶん壊したのは私です。新しく構築しょうと申し出た彼女の手を振り払ったのも私です。

こんな未来が待っているなら、あの時へんな遠慮なんてするんじゃなかった・・

 

もうあの川に桜は咲きますが、蛍は殆どいません。

それでもたまーに雨が上がった時に見に行くと、夜目にゆらゆらとひとつだけ灯りが流れているのを

みることがあります。そんな夜は、ちよっと幸せな気分で自宅に帰り、やっぱりこのことを

思い出します。

 

そうなんです。かくも私は執念深い女なのです。←そうです。(きっぱり)と家人が言い切ります。

忘れられないということは・・不幸です。。。

 


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