神山の花見

2025年04月04日

あれよあれよという間に月が替わり、四月に入れば桜は真っ盛りです。

毎年の開花予報なんていうのは、単なるマスコミ向け祭りと思っていますが、見慣れた山や

道が桜色に染まる日々はやっぱり心が弾みます。はいこんな氷のような心でも・・です。

そして家人はと言えば、稀代の花見好きと来ていますから「今年はもう咲いたよ」「どこ

行く?」と日々うるさいです。

 

私は桜の季節にそれを愛でることはきらいではありませんが、人混みに紛れながら花の下を

歩いたり、お弁当たべたりというのは、あまり好きではありません。

もっというなら「花より団子派」です。絶対的な。

通りすがりに「あ、きれい」と見るだけで、十分なんです。

渋滞を辿りぬけて、混み混みの駐車場争いを経て、山道を延々と人に紛れてまで立派な桜を見ようとは

思わないタイプの人間なのです。

 

その私がお師匠以下、お友達と徳島県の神山町に花見に行くことになりました。

その朝は、とっても重たい曇り空。いまにも雨が・・垂れてるじゃん。という空模様です。

お師匠の運転する車にぎっしり乗って出発です。

 

こんな私ですから、もちろん神山町なるところに行くのは初めてです。

歩くのいやだから車で花見ね~なんてこと言いながら一時間ちょっと、車に揺られ本道を

外れたトンネルを抜けた途端、桜色の世界が急に開けます。

それは、ちょっとしたタイムスリップのような感覚です。このままみんなで違う世界へ

行ってしまったか・・

ここからが壮観、山肌もあぜ道も向こうの崖も手前の空き地も、桜、桜、桜で一杯。

公園はもちろんですが、この季節のこの町はさくらの園そのものです。

巨大なしだれ桜が道に垂れ落ちてその幻想的な美しさに、ここで玉三郎さまに舞っていただき

たいと思ってしまいました。

現実には、平日に時間たっぷりの我々世代の男女がスマホ片手に右往左往しているだけ

なのですけどね。屋根がオープンになる観光バスが真ん中にデーンと停まって写真構図の邪魔。

でも、これは言っちゃうと、きっとなんやらハラスメントと言われるはずです。

 

山の中ですから道は狭い。対向車は来る。

ですが、さすがはお師匠。余裕のハンドルさばき。「これくらいは、なんでもなかろう」と

余裕の発言。お任せします。「命預けます」(ちょっと古いですが、みなさんご存じですか。宇多田

ヒカルさんのお母さまの歌です)

ランチ予約の野菜カフェはこんな天気でも一杯。まずはお薦めのパンを買って、みんなでランチです。

ちなみにこのパン、超美味しかったです。外はかりッと山形で中はみっちりずっしりとした持ち重りの

する好きなタイプのパンです。もち期待通り、トーストにしたら、至福。

 

お昼が終わると、最終目的地明王寺のしだれ桜に向います。

道幅は狭く、駐車場からの歩く距離を考えたら躊躇しますが、近くまで付けてくれて、自分は

車中で待っていてくれるフェミニズム。・・いやぁ惚れますよ。いやいや不倫でも道ならぬ恋でも

ありませんよ。ヒトとして・・です。

私は不倫を許せない人間です。そういう仕事してきた人間ですから。(きっぱり)

 

明王寺の桜は大木でかなり下まで垂れてきますので、ホントに手に取れるような近さなのです。

淡い桃色の大振りの花びらがこんもりと連なって、艶やかで清楚な花が目の前で零れます。

 

いやーあ、本当に素敵でした。

最初に花のトンネル通った時は、もしかして知らぬ間に異世界・・いやあの世かこの世かと

思ったわと言うと、みんな身につまされたか、うんうんと。

 

こんな私ですが、もうこれで充分です。もう今から死ぬまでお花見しなくても、後悔はしません。

ここを見た以上、他のどれを見るというのでしょうか。

不忍池の桜も見ました。目黒川の桜もです。哲学の小路の桜も楽しみました。なんなら弘前城の桜もです。

でも、ここ神山の桜の圧倒的な数の量の絶景にはどこも敵いません。

ここは、この時期、町が全て桜に埋まるのです。

地域というか広さというか、その圧倒的量感と木々の艶やかさが、断トツなのです。

全国的に有名な吉野の山は一部しか見ていないのですが、

地元近隣にしか知られていないこんな地域をこの年になって発見するとは、

なんと幸せなことでしょう。

 

帰り着いても、しばらくは桜の妖気に当てられたように、何もする気にならず、

やっぱり来年も行くなら平日だよね。しかも曇りの日よね。晴れてたら絶対車多いじゃん。

と、言いながらもう「一生花見行かなくていい」と言ったことは忘れてしまっていました。

忘却とは・・いいこともありますね(笑)。。。

 

 

 

 

 

 


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