熊嵐

2025年07月15日

この夏の熊ニュースはほぼ毎日流れています。

一昨日も、北海道・福島町で新聞配達の男性が、配達中に羆に襲われ、ずるずると林に引き摺られ

引っ掛かれて、噛みつかれてお亡くなりになりました。

この地では、連日羆の目撃情報が流れ、事故の時も目撃していた男性がいました。

ぐるると舌なめずりをして、ヒトの襟首を噛んで竹やぶに引きずり込むなんて、なんて悪夢。

被害に遭われた方の心中を思いやると、どんな言葉も浮かびません。

いくら北海道在住とはいえ、この令和の時代に、自分が野生の羆の餌食になろうとは努々思いもしない

ことでしたでしょうに。。

 

捕獲されていない,かの加害熊の出没から、子供らの下校は親の出番になりました。・・・が、こんなご時世で

誰がすき好んて火中の栗を拾いにいくことでしょうか。そもそも親が付いていたとしても、守れる??

己と子を、どうやって守る?  羆より強いお父さんやお母さんはそうはいません。

 

思い返せば昨年のこと。

秋になったら一か月北海道で暮らそうと思っていました。拠点を置いてそこから道内を自由に行こうかと

具体的なことも考えていましたが、去年からのあの熊出没のニュースが増え始めました。

私は虫と野生動物は嫌いです。・・ま、お好きな方にはなかなかお目にはかかりませんけどね。

 

人間に殺されるのもいやですが、まだ言葉が通じるかもしれないという細い糸がありますが、

動物相手では問答無用ですものね。

顔や頭。柔らかい肉を好むからと腹を噛まれ、引きずられ、痛くて苦しい時間と、恐怖におののく時間を

いやというほど味わってからの死です。なんと残酷で非情なことでしょう。

吉村昭さんの「熊嵐」や、増田俊也さんの「シャトゥイーン ヒグマの森」を読みましたか。あれを

読んでなお「射殺は熊が可哀想」なんてことが言える人がいるでしょうか。

 

動物との共存は、非情に不遜な言い方ですが、ヒトが優位に立ってこそ実現するのです。

なぜなら、彼らとは言葉を交わせないから、お互いに判りあえることができないからです。

これは、現実です。子供にもそう教えます。

森の動物との共存は、switchUの中だけのことよと、しっかり教えなければなりません。

 

何年か前に知床で泊ったホテルの従業員さんが「昨日、その道路の向こうを羆が歩いていたみたいですけど、

私はまだ見たことがないんですよ」と笑って言ってましたが、今は彼女ももう笑ってはないでしょう。

もしかしたら、何回かもう目撃したかもしれません。

羆と共存する知床はもう終わったのです。

やみくもに羆を撃てとは言いませんが、今までのようにぬるい対応をしていたら、ヒトは彼らの

餌になるだけです。

地元猟友会の人たちの負担も重くなるばかり。

もう、地域単位の対策はやめて、国家的対策を考えるべきじゃないですか。

 

でないと、あと10年もしたら、どこやらのパニック映画みたいに「羆の世界」とか「進撃の羆」とかが

フィクションじゃなくなりますよ。

そしてその前に、ヒトの住む地域の入り口に引き裂かれた屍体の山ができていることでしょうよ。

想像力のない為政者と、住人たちはそうして、熊たちの蹂躙を許して、気付いた時には日本は

「熊の国」になっているのです。

そうなったら、インバウンドとはいえ、やってくるのは、ライフル持った荒くれものばかりです。

 

あら・・なんだか話が逸れたような気もしますが・・

もう一度北海道に行きたいおババの切なる心の叫びです。。。


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