こんなに風の強い日には。

2020年01月08日

外はものすごい風が吹き荒れています。まさしく「冬の嵐」です。

通勤途中の道には、今日回収予定のごみ袋が散乱し、道路工事のコーンがその名の通りコロコロと

道路を右へ左へと転がって、迷惑なことこの上ないのです。

しかも、こんな日のこんな時に、ヨロヨロと自転車に乗って風にあおられる老男女。危なかっしくて仕方ありません。

もう一陣吹いてきたら、自転車のまま車道にはみ出してくることは必至です。

 

お急ぎかもしれませんが、それぞれにご事情も約束もおありでしょうが、せめてこの風が少し収まるまでは

外出はお控えくださると、あなた様にも、私どもにも双方に親切というものではないでしょうかと、

思わず声を掛けたくなりました。

このご時世、こんな声掛けも何か問題になるのでしょうね。

親切とハラスメントの区別がつかない世界が、現世です。

 

そういえば、もうずいぶん前になりますが、まだ私が若くてぴちぴちしていた頃(ぴちぴちは嘘ですが)

仕事でJRで瀬戸大橋を渡っておりました。当日は、雪交じりの今日みたいな風が吹きすさんでいました。

その電車がなんと、橋の上でストップ。

強風で動けないと言います。・・それは判りますが、何もわざわざ橋の上で止まらなくてもいいではありませんか。

前の駅から出て10分たらず、引き返しましょうよ。吹きさらしの海の上よりよっぽどいいです。

電車は横風を受けて、時々大きく左右に揺れます。そのたびに「おおっ」と上がる声。

サラリーマンさんや学生。女性も含めた乗客はほぼ座っているくらいの人数です。

 

その時私の向いの高校生くらいの男の子が、イライラとカバンを開けたり閉めたりしています。

「学校遅れるね?」

自分の子よりはだいぶ大きいですが、私も人の子の親。声をかけてみました。

「今日、センター試験なんです。もう間に合わないかも。」彼は蚊の鳴くような声で言って

うつむきます。

「あらら、それは大変じゃない。人生かかっている一大事よ。」

うつむいた目から涙がぽろりと零れます。

 

「ちょっと受験票見てみなさい。何かの時の連絡先で電話番号とか書いてない?」

彼はカバンをまさぐって受験票を取り出します。眺める元気はないようなので、私がそれを

ひったくってみると、連絡先はありませんが、事務局の電話番号があります。

「ここに、連絡しなさい。事情を話してごらんなさい。」

「でも、これは事務局だし。電話ないし・・」

「何言ってるのよ。今はここしか連絡先ないんだから、緊急事態なのよ。ここでいいの。

電話は貸してあげるから。」

 

当時の高校生はまだ携帯電話を持っていない子が多かったです。しかも、試験ということで

持っていても置いていくという社会常識を持った子が普通でした。

私は急いで、電波を確認してから、(当時は田舎はつながらない地域が多々ありました)

彼に電話を渡しました。

 

でも、彼は躊躇しています。

「何してるのよ。早くかけなさい。」イライラする私。

「でも、ここは連絡先電話じゃないし・・」

「じゃ、どこにあるの? 連絡先電話番号。こういうときは臨機応変ってことよ。習ったでしょ。」

もうこうなったら子供を叱る雰囲気です。

 

どうやら彼は、ここに電話して「連絡先ではありません」と拒絶されることを恐れているようです。

 

「兄ちゃんかけいや。どうせこのままでも、失格なんやから、掛けてなんぼや。」

作業服にタオルのおじさんが声をかけてくれます。

「そうそう。やってみ。」彼の隣のおばさんも加勢してくれます。

 

三人の顔を交互に見て、震える指先で番号を辿る彼。向こうが出たらしく、話はじめますが

なにしろ彼の声が小さい。

ぼそぼそ。ぼそぼそ・・・もおっ。みんなが心配してくれてるのに。

やがて米つきバッタみたいな姿勢を正して、彼が私に携帯を返してきました。

「どうだったの?」

「はい。電車が止まった連絡が何件かきて、学校も調べてくれて、結局始まりが二時間遅れになった

らしいです。」

 

「よかったやないの。」やれやれです。

あのままだと、彼は絶望したままで、引き返しているかもしれません。なんたって超悲観的なんですもの。

電車もそのタイミングで動き始めて、一安心です。

アナウンスが終点を告げると、彼の隣のおばちゃんがごそごそとバックをまさぐり、飴玉を二個。

「これ合格飴や。」・・大阪のおばちゃんかっ。という突っ込みはさておいて、彼は恐る恐るというかんじで

うけとります。

「よっしゃ。オレはなんもないんやけど、これ合格サロンパスや」と、作業服から未開封のサロンパスの袋を

手渡します。

「いや、あの・・」と言いながら、彼もうれし気にカバンに入れています。

 

じゃ私も・・と思ったのですが、こんな時に何もない・・ないないな・・・

焦って財布を開けてみたら1000円の図書券(今はカードですが当時は商品券みたいなものでありました)が、

二枚。少しくたびれていますが。

「これ、合格図書券。参考書の足しにして。」と、自分ではちょっとカッコいいこと言ったつもりだった

のですが・・・

「あのお・・これでは足しの方が多くて・・」

 

あまりに正直な彼の答えに、私とおばさんとおじさんの三人は思わず顔を見合わせて破顔してししまいました。

おばさんはプッと笑い、おじさんは彼に向き合うと

「あんなぁ兄ちゃん、そういうときは、ありがとうございますと受け取っておくもんや。」と

言うと、彼ははっとして真顔で私にむかって「ありがとうございます。」と深い礼をして

くれました。

 

「がんばってね~」

私たちはお互い誰も名前も聞かず、駅のホームで彼を激励しながら散っていきました。

もちろんその後、彼が合格したかどうかの報告はありませんし、知りません。

おじさんもおばさんも知らないでしょう。そして私のようにこうやって時々は思い出すことがあっても

それだけです。

おじさんに至っては、すっかり忘れているかもしれません。

 

でも、こんな風が一層強い日には、私はこうして彼らのことを思い出すのです。。。

 

 

 


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