妄想電話
春の足音が聞こえる頃になると、相談電話の内容も花開いたように多種多様になります。
私が今までの中で忘れられないのは夜中に広島からかかった電話。
「ワシの婚約者がおらんようになった。探してくれんかいの」と、そこそこの年齢と
思われる男性です。
「それはいつからですか?」
「もうだいぶなるけぇ。いやいや。おるところはわかっとんじゃ。やけど逢えんのじゃ。」
「それはなぜ?」
「ワシにも判らん。やけ電話しとるんじゃ。」
ま・・確かに。理はあります。相談ですからね。
「では、彼女さんのいらっしゃるところはどこですか?」
「東京じゃ。そいで千代田区やな。」
このあたりから、ん?・・んんと私の中で黄色信号が点滅します。
「千代田区のどこですか」
「皇居じゃ。こ・う・き・ょ」判りやすく一語づつ区切ってまで言ってくれます。
私の中の黄色が赤に変わりました。
「あなたさまの婚約者さんですよね。お名前は?」
「さやこ。のりのみやさやこっちゅうんじゃ。」
なんという畏れ多いことを!
こんな小汚い(か、どうかは知りませんが夜中に無料の相談電話をかけてくるぐらい
です。眉目秀麗、清廉潔白な訳がありません。)おじさんが、言うに事欠いて
清子様を、婚約者とのたまうのです。
当時はまだご結婚前だったかもしれませんが、あまりの不敬に、受話器を持つ手が
震えました。
そしてそのあとに、あまりの成り行きにおかしさがこみあげてきて、笑いをこらえるのが
大変です。
「あなたの婚約者は清子様ではないですよ。そんな畏れ多いこと吹聴するのは、日本国民
としてどうかと思います。お慎みください。」と告げるとなんとそのおじさん
「判りました。悪うございました。」と素直に謝るではありませんか。
ちょっと可哀想になって、その当時はまだ僅かに残っていた仏心が私に余計なことを言わせました。
「清子様は日本国民の姫宮さまです。独占するものではありません。」
すると、おじさんは
「いんや。ワシのものじゃ。ワシの婚約者じゃ。みんなが知っとるわっ。」
・・・はぁ、こういう方と話をしていると判るのですが、どこかに地雷があるのです。
それを誤って踏んでしまうと、これは長引きます。
しかも、この手の輩は、一方的に電話を切ると、またかけてきます。何度もです。
それに付き合うわけにはいかないので、できるだけ丁寧に対応して、引き下がっていただく
のですが、その見極めが難しい。
でも、春先になるとこのおじさんのことを思い出すのは、やはりインパクトが強かった
のでしょうね。
でも、それ以来、私は誰のお相手でもできると自信を付けました。
あのおじさんは、今頃はどんな妄想の中で生きているのでしょうか。
もう一度お電話・・・は、いりませんけどね。絶対に。。。