遠い思い出

2020年04月09日

相談のお電話がめっきりと減りました。

当然でしょうね。こんなご時世ですから、それどころではないと思われる方も

いらっしゃるはずです。

 

それでもかかってこないということはないのです。

真夜中にもかかります。

人の気持ちと言うのは、状況で左右されないところがあることも、長くこの仕事を

していれば判ります。

そしてこんな時、かつての依頼者さんたちのことを思い出すのです。

 

あの時の朱美さん(仮名)の小学校6年生だった息子さんはもう高校生を卒業したでしょうか。

思えば、可哀想な子です。仮に知樹君としましょう。

朱美さんの最初の夫。彼の実の父親です。

その夫は絵にかいたような酒乱のDV夫。

愛することに従順な朱美さんは、殴る蹴るのあとの、DV夫の優しく甘い言葉に、自分を騙して

夫婦生活を続けていました。

何にスイッチが入るかは判りませんが、酒乱の夫はあっという間に豹変します。

子供が一才だろうがなんだろうがお構いなしです。

振り上げて投げつけられそうになった知樹君を奪うようにして実家に逃げ込んだことも数え切れません。

 

朱美さんのご両親が当時のことをお話してくださったのですが、その夫がそのままの勢いで

実家に乗り込んできて、窓ガラスは割るは、雨戸は叩き壊すわで、何度警察を呼んだかわからない。

もう我慢の限界と警察に被害届を出そうとすると、朱美さんが「もうしないから。二度としないから。

知樹を犯罪者の子供にしたくないの。」と泣き叫んで、そのまま・・ということの繰り返し

だったそうです。

 

そんな朱美さんがようよう離婚したのは知樹君が五才の時です。

夫に蹴倒された朱美さんと知樹君は当時住んでいたアパートの二階の階段を転げ落ちました。

彼女は腕を骨折。知樹君は外傷性頭蓋骨骨折の重傷でした。

夫が警察に収監されてもまだ離婚しないと言い張る朱美さんを、叱り飛ばしなだめすかしてやっと

離婚させたと実家のお父さんはため息をつきました。

 

思えば朱美さんにはこういう頑ななところがあるのだそうです。

一旦、こうと思い定めたら梃子でも動かない。のだそうです。

 

そんな朱美さんが再婚しました。

相手は仕事先の関係者で六歳年下。しかも初婚です。

なかなかの良い家柄の人らしく、優しく鷹揚な人柄に惹かれました。

当時小学4年の知樹君もなついていました。

でも、幸せな日は長くは続きませんでした。

 

知樹君が小学6年の春、新しいお父さんに女ができました。

浮気です。新しいお父さんは知樹君のことを忘れたように無視するように

なりました。

朱美さんは女の存在を感じてから狂ったように夫を攻め立てます。

一方的に怒り狂い、責め立て、興奮して知樹君を連れて実家に帰ります。

もちろんその間は学校も休ませます。

 

そんなことが続くうちに、知樹君の様子もおかしくなってきました。

自分の思い通りにならないと、奇声をあげて暴れるのだそうです。

6年生とはいえ、知樹君は身長150センチ。体重は80キロ超えです。

実家の祖父母はどちらかというと華奢なタイプで、そうなるともう手がつけられません。

誰も抑えられる人がいないのです。

 

悪夢の再来のような事でした。

やっと前の夫の暴力から逃れられたと思うと、今度は孫が暴れて襖や障子、窓ガラスを

粉々にするのです。

しかも、今度ばかりは警察を呼ぶこともできません。

 

私が朱美さんの相談電話で、ご実家に伺ったときにも窓には紙が貼られて、

別の部屋の襖には大きな穴が開いていました。

 

 

結局、さして隠し立てもしない朱美さんの夫の浮気の証拠は簡単に撮れました。

女の住所も判りました。でも、夫は離婚すると言います。

慰謝料はいくらでも払う。もう君とは一緒に暮らしたくないと言うのです。

 

朱美さんは納得ができません。しかも彼女は夫のこの言葉はすべて女が言わせていると

言うのです。調停は即不成立。

長い裁判になりました。朱美さんは誰の言葉にも耳を貸しません。

裁判に血眼になる朱美さんには他の何も見えません。

息子のことすら見えないのです。

そしてどんな結果になったとしても納得しないのです。

 

この間に知樹君は状態をさらに悪化させ、吃音もひどくなって、自分の意志が伝えられないと

暴れるを繰り返していました。

止めに入る祖父母にも激しく抵抗して二人は傷だらけです。

 

私のできることは、浮気の証拠を取り、弁護士のご紹介までです。

でも、それが終わってもこの家族に終わりは見えません。

 

朱美さんがようやく裁判を終えたのはそれから4年たってからです。

彼女から「終わりました。」と妙にすっきりした声で報告をいただきました。

よかったと心から思いました。

けれどそのときに、知樹君のことは聞けませんでした。

逃げではないとは言いません。

でも、自分にできることは何もないことを判っているのに、聞けませんでした。

 

 

そして聞かなかったから、こうして時々思い出すのです。

この仕事はやりがいも大きいですが、こういうこともあるのです。

そしてそれをも含めて、これが私の仕事と思い定めるのです。。。


フリーダイヤル 0120-039-242