オリンピックテレビ視聴拒否宣言
先日も自らの行為を「蟷螂の斧」と卑下した私ですが、それでも何か一寸の虫の
五分の魂を・・と、思いついたのが、オリンピックテレビ視聴拒否宣言でした。
言葉にするほどたいしたことではないのですが、このままゆるゆると
反対などなにもなかったかのようにオリンピックが始まり、「反対」と叫んでいた
世に言うコメンテーターさん達も、いつしかオリンピックありきのコメントしか
言わなくなってきて、本当に怖くなってきました。
世論はこうして作られるのか、反対意見はこうして抹殺されるのかと思うと、
古い知識人たちの危惧したように、太平洋戦争の開戦前のようになっているのではと
想像が膨らむばかりです。
もしもこのままオリンピックが始まって、ずるずると堕ちるところまで堕ちていったと
してももう警鐘を鳴らす「半藤利一」さんも、「立花隆」さんの鬼籍の人です。
私は市井のしがない魔女おばばですが、このままオリンピックがんばれ・・なんてことは
到底言えそうにありません。
アスリートさんになんの恨みも辛みもありませんが、彼らはこんな状況の中で自分の体力
気力の限界を争って、それでいいのでしょうか。それでご自分が納得できるので
しょうかと思ったりもするのです。
そして、そう思いながらつらつらとテレビを見て、いつしか彼らを応援する自分が
許せないのです。
そこで私は、私の小さな世界ではありますが、家人に「オリンピックテレビ
視聴拒否宣言」をしたのです。
私ごときがそんなことしても、なんの役にも立たず意味もないとはいえ、このまま
何もなかったかのように応援する気持ちにはとてもならないのです。
これは、市井の魔女おばばの捻くれ行為と、どうぞ笑ってください。
誰に賛同してもらえなくても、反論されようとも、私はこれを貫徹しょうと
思います。
家族に理解してもらえなくても(家人は折角のオリンピック視たいといいます。
それまでは個人の自由ですからいくら暴君の私でも阻止することはできません)
このブログを読んでくださった方からの説得があろうと(あるとは思えませんが)
これが私の意志表示です。
ささやかな、ささやかなレジスタンスです。(恥)・・あまりに小さすぎて。
それでもここにこうして記しておくとなんだか気持ちが落ち着きます。
自分の気持ちはどこかで、誰かに聞いてほしいと思っているのでしょうね。
まだまだ未熟な自分を反省しております。。。