最期の日
穏やかな日曜日です。
月末であり、日曜日でもあり、ハロウィンであり、衆議院議員投票日でもあるという
てんこ盛りの日ですよね。
それなのに、このまったり感というか、のんびり感というか、無気力感というか・・
これって「コロナ後遺症」ですかね?
いやいや、私がコロナに罹患したわけではないのです。
日本中が、世界中が「コロナ嵐」に巻き込まれ、少しづづその嵐が静まろうとしている
昨今の風潮が、この不思議な「感」の正体なのかなと思ったりしています。
緊急避難宣言のような切迫性はなく、コロナというフレーズにはもう慣れっこで
人が集まる処には行ってはいけない。みんなで集まってご飯たべてはいけない。
こんなことばかり言われて、もうその状態に慣れ切って、黙食なんて、私ら世代から
言わせたら時代錯誤かと突っ込みたくないるような言葉が一人歩きしている
こんな時代の風がこの「感」を生み出しているのでしょうか。
コロナの少し前から、世の中はそういう流れになりつつありましたよね。
他人には触れない。おひとりさま萬歳。忘年会や社員旅行なんて時代の遺物・・
みたいな空気感。それはありましたが、それが加速して「社会権」を得たような、
むしろそれが大手を振って、正義のような空気の流れ・・
苦々しく思いながらも、コロナによって押し流されて、どっぷりと浸かった自分に
驚いたり、情けなかったり・・
いろんなことがあった二年だな・・と、柄にもなくしみじみと感じたりして
おりました。
こんな時代に対する社会的評価はともかく、私にはさらに生きずらい時代になった
という閉塞感しかありません。
先日、テレビドラマを見ていて「ねぇ、ほんとに日本沈没。実際には関東沈没と言ってる
けど、そうなったらどうする?」と家人と話てみました。
「君はどうするよ?」
「私・・私はどうもしないわよ。有り金せーんぶおろして、使いまくるかな。」
「だろうね。そう言うと思った。なら、それに付き合うしかないでしょ。」
と、二人の間では意見の共有をみたのです。
「あ、でも子供たちはどこかに避難させなきゃね。そのために有り金叩かないと
いけないかもね。」
「そうだよね。そうなるとあんまり遠くにはいけないと思うよ。なにしろ移動費は
天井知らずだよね。きっと。案外隣県くらいまでしか行けないかも。」
隣って・・ここは四国だよ。
隣は海か山です。どこに逃げる途があるでしょう。そして、情けないことですが
その子の親たちが(私の娘とその夫ですが)
それほど勇気と知恵を持っているとはとても思えません。
ならば、彼らが望むならここで、私たちと一緒に最期を迎えるしかないか。
今まで、彼らに膝突き合わせて話すことはあまりなかったのですが、例え残り
僅かでも、生きてきた喜びや悲しみや、楽しい思い出を語り合えるのも
案外濃い幸せの時間かもと思えてきました。
そして、それを家人に伝えると、
「君はいいかもしれないけど、彼らはどうかな。難しいばーちゃんの話を
じっくりゆっくり聞く子に育っているかな。彼らが・・」と、微妙に笑います。
た、たしかに・・そう言われると返す言葉がありません。
煙たがられているのは確かなのです。
「そうね。じゃ今から私の話をしっかり聞かせるように調教しておこうか。」
・・・・どこまでいっても自分の言う事聞かせるつもりなんだという家人の声が
したのは、そら耳???